写真・川上信也/文・嶋田絵里

 器の中に、宇宙を感じる―
 玉峰窯(佐賀県武雄市山内町)の中尾哲彰さん(1952-2025)の作品には、曜変結晶釉でできた、星のように煌めく小さな金属の結晶が現れる。中尾さんはそれを「銀河釉」と名付けた。
 「曜変」とは、黒釉の中に周辺が青みがある銀色に輝く斑紋が散在するもの。また、1200〜 1250 度の高熱の窯の中で釉薬と陶土の成分が化学反応を起こし、金属が結晶化したものが星のように表面に現れることもある。曜変の中でも、南宋の時代に建窯で作られたものは「曜変天目」といわれ、戦国武将や茶人に愛された。
 父親が窯業を営んでいた家に生まれた中尾哲彰さんは、大学では哲学や社会学を学び学者を志していたが、職人とともに無心にやきものを作る父親や祖父の姿を見て、陶芸家になると決心したという。1982 年には日展に初出品し入選。その後も、陶芸家としての道を順調に進んでいくかに思われた。だが、32歳で網膜剥離を患う。1 年間失明に近い状態で過ごし不安を抱えていたとき、心の中に「夜空の星。天体に輝く銀河」が浮かび、そこに希望の光を感じて、銀河のような作品を作ることを試みる。
 「調合を行い、データをとり研究を重ねました。それはもう化学実験ですね。釉薬の研究には 5年。商品化できるようになって 15 年ほどになります。」(中尾哲彰さんの言葉より)
 その中尾さんの調合表(レシピ)が残され、現在は、中尾さんの長女優理さんの夫ヴァン・ダーレン ステンさんと長男真徳さんが「銀河釉」に挑戦している。
 ヴァン・ダーレン ステンさんはオランダ生まれ。優理さんと結婚して、中尾家の一員となった。初めて武雄を訪れたのは、2020 年。その後もワーキングホリデーなどでビザを取得して武雄を何度も訪ね、結婚を機に日本に移り住んだ。
 「結婚して、陶芸の道を志すと決めたとき、すでにお父さん(哲彰さん)は入院していましたので、作品を作っては持っていってお父さんに見てもらいアドバイスをもらいました。日本語がわからない僕に、妻が翻訳してお父さんの言葉を伝えてくれました。お父さんの陶芸家の友人にも指導を受けました。お父さんはいつも「大丈夫、大丈夫」と励ましてくれました」(ヴァン・ダーレン ステンさん)
 釉薬の材料と土の材料、窯の温度を何度で焼くか、冷ます時間と温度は、などステンさんは何度もデータを取りながら試行錯誤しているという。哲彰さん同様、ステンさんも「陶芸はサイエンス」だと語る。ステンさんは哲彰さんが器の中に見た宇宙を、ふたたび甦らせることをめざして奮闘している。
「銀河釉を受け継ぐもの」玉峰窯 ヴァン・ダーレン ステンさん

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